2019年7月24日

2019年参議院選挙結果(アル=ジャズィーラ記事翻訳)

本記事では、アラビア語メディアの代表格と見なされることも多い、アル=ジャズィーラ(الجزيرة)の2019年7月22日付の記事、「安倍首相の政党..選挙で勝利も憲法改正は失敗」حزب آبي.. فوز بالانتخابات وفشل في تعديل دستور اليابان)を全訳し、アラブ・メディアで日本の参議院選挙がどのように報じられたのか、その一端を紹介します。



今回、日本の参議院選挙のアラブ・メディアにおける報じられ方を紹介しようと思った際に、なぜアル=ジャズィーラの記事を選んだかを以下で説明します。興味のない方は記事翻訳部分までスクロールしていただければと思います。

理由
そもそも、日本関連報道のために日本に特派員ないしリポーターを派遣しているアラブ・メディアは非常に珍しく、筆者が知る限りでは、東京に支局を持つカタールのアル=ジャズィーラと、サウジ資本英国拠点のアッ=シャルク・アル=アウサト紙(الشرق الأوسط)だけです(他にもあるかもしれません)。アラブ・メディアにおいて、日本の国内情勢を独自報道するインセンティブは低いと言えます。

したがって、ほとんどのアラブ・メディアは、今回の参議院選挙の結果を報じているところでも、ReutersやAFP等の国際的な通信社のアラビア語に翻訳された配信記事を使用しています。上述のアッ=シャルク・アル=アウサトですら、今回はAFPの配信記事に頼っていました(当該記事)。国際的な通信社の配信記事であれば、英語版を読めば済む話ですから、わざわざアラビア語で読む必要はありません。

筆者が確認した限りでは、今回の参議院選挙について、アル=ジャズィーラだけが東京支局のリポーターの筆による独自報道を行っていたため、本記事で紹介することにしました。ちなみに記事を担当したリポーターは、シリア人の父と日本人の母のダブルでシリア・ダマスカス育ちの松村マハ氏です(同氏について詳しくはこちら)。

余談ですが、日本関連報道に限らず、アラブ・メディアは国際報道において通信社の配信記事に頼ることが往々にしてあるので、特定の事象のアラブ・メディアでの報じられ方をチェックしようとする際には、その点に注意する必要があります。

アル=ジャズィーラは、その立ち上げから現在に至るまでカタール政府の出資に多くを依存して運営されています。そのため、カタールの国益が直接絡む話題ではカタール政府の立場を如実に反映・忖度した報道を行います。しかし、日本の国内政治に関しては、そのような偏りを生じさせる要因はほとんどないとみなしていいでしょう。

それでは以下で記事を翻訳していきます。特に論調がよく分かる箇所にハイライトを入れました。日本語訳だけまとめて読みたい方は記事下部までスクロールしてください。

※シャクル筆者、()内筆者コメント、文末のピリオドは不具合で位置がずれるため省略


「安倍首相の政党..選挙で勝利も憲法改正は失敗」


فَازَ الِائْتِلَافُ الْحَاكِمُ بِزَعَامَةِ رَئِيسِ الْوُزَرَاءِ الْيَابَانِيِّ شينزو آبي في انْتِخَابَاتِ مَجْلِسِ الشُّيُوخِ الَّتِي أُجْرِيَتْ أَمْسِ الْأَحَد، لَكِنَّ الْحِزْبَ الْحَاكِمَ وَحُلَفَاءَهُ فَشِلُوا في الْحُصُولِ عَلَى أَغْلَبِيَّةِ الثُّلْثَيْنِ، وَهُوَ مَا يُعَدُّ انْتِكَاسَةً كَبِيرَةً في مُحَاوَلَتِهِمْ لِإِعَادَةِ النَّظَرِ في دُسْتُورِ مَا بَعْدَ الْحَرْبِ

昨日(日曜日)に実施された参議院選挙で、安倍晋三首相率いる連立与党は勝利したが、与党とその同盟勢力は3分の2以上の議席を獲得することには失敗した。戦後の憲法を見直すという彼らの試みにとって大きな痛手となった。

(※日本のメディアでは、与党に日本維新の会を加えた勢力を「改憲勢力」としばしば呼称しますが、アル=ジャズィーラは「与党とその同盟勢力」(الحزب الحاكم وحلفاءه)とややぼかした表現を使用しているのが興味深いです。)


ِوَيَبْدُو أَنَّ النَّاخِبِينَ الْيَابَانِيِّينَ أَعْطُوا الْأَوْلَوِيَّةَ لِلِاسْتِقْرَارِ في سِيَاسَات الرِّعَايَةِ الِاقْتِصَادِيَّةِ وَالِاجْتِمَاعِيَّةِ، وَاسْتَطْلَعَتِ الْجَزِيرَةُ نت آرَاءَ عَدَدٍ مِنَ الْمُوَاطِنِينَ حَوْلَ أَهَمِّ الْمَوَاضِيعِ الَّتِي دَارَتْ حَوْلَهَا الِانْتِخَابَاتُ، وَهِيَ أَهَمِّيَّةُ السَّلَامِ بِالنِّسْبَةِ لِلْيَابَانِيِّينَ، وَالْقَلَقُ إِزَاءَ السِّيَاسَةِ الْخَارِجِيَّةِ الْحَالِيَّةِ مَعَ الْبُلْدَانِ الْمُجَاوِرَةِ، وَخَطَرُ امْتِدَادِ هَذَا الْعَدَاءِ إِلَى الْجِيلِ الْقَادِمِ

日本の有権者たちは、経済・社会政策の安定を優先したようである。アル=ジャズィーラネットは、今回の選挙で中心的な論点となった話題について、複数の日本国民を対象に世論調査を行った。すなわち、日本人にとっての平和の重要性と、現在の隣国との外交政策に対する不安、その否定的影響が次世代にまで及びうる危険性である。

(※今回の選挙の争点について、独自の捉え方をしていることが分かります。「日本人にとっての平和の重要性」とはかなりざっくりとしたテーマ設定ですが、もしかすると憲法9条改正を念頭に置いているのでしょうか?また、対隣国外交を2番目に挙げている点も興味深いです。外国メディアという性質上、国内問題(ex.年金問題、消費税増税)よりも国際問題に関心が強いということなのかもしれません。独自に行った世論調査の規模について言及がないのは気になります。)


وَأَشَارَ عَدَدٌ مِنَ الْمُوَاطِنِينَ إِلَى ثِقَتِهِمْ في الْحُكُومَةِ رَغْمَ ارْتِفَاعِ الضَّرِيبَةِ، وَأَمَلِهِمْ في وَضْعِهَا خُطَطًا وَاضِحَةً وَحَكِيمَةً لِاسْتِخْدَامِهَا، لِضَمَانِ مُسْتَقْبَلٍ أَفْضَلَ لِأَطْفَالِهِمْ. في حِينِ أَشَارَ آخَرُونَ إِلَى تَأْيِيدِهِمْ مَسَاعِي الْحِزْبِ الْمُنَاصِرَةِ لِلسَّلَامِ، مَعْ تَأْكِيدِ أَهَمِّيَّةِ صَرْفِ التَّأْمِينِ الْحُكُومِيِّ لِلْمُسِنِّينَ

複数の日本国民は、増税にも関わらず、政府への信頼及びその(税金の)用途について、子供たちのためにより良い未来を保障するために政府が明確で賢明な計画を策定することに対する期待を述べた。一方、高齢者に対し社会保障を支払う重要性を強調しつつ、党の平和を支持する取組みへの支持を表明する人たちもいた。

(※「党の平和を支持する取組み」(مساعي الحزب المناصرة للسلام)という解釈に困る表現が登場しました。ここまで野党に言及はなく、党(حزب)は単数かつ定冠詞الで限定されているので、ここでは引き続き与党のことを指すものと思われますが、具体的にどういった取組みなのかは不明です。もしかするといわゆる「平和安全法制」のことでしょうか?高齢者に対する社会保障の支払いとの関連もよく分かりません。)


مُشَارَكَةٌ مُتَدَنِّيَةٌ
وَذَكَرَتْ وَكَالَةُ أَنْبَاءِ كيودو أَنَّ نِسْبَةَ الْإِقْبَالِ عَلَى التَّصْوِيتِ بَلَغَتْ نَحْوَ 49%، وَهِيَ ثَانِي أَدْنَى نِسْبَةٍ مُنْذُ نِهَايَةِ الْحَرْبِ الْعَالَمِيَّةِ الثَّانِيَةِ، وَاعْتَبَرَ مُرَاقِبُونَ أَنَّ انْخِفَاضَ نِسْبَةِ الْمُشَارَكَةِ في هَذِهِ الِانْتِخَابَاتِ يَعُودُ إِلَى فَشَلِ أَحْزَابِ الْمُعَارَضَةِ في حَشْدِ الدَّعْمِ مِنَ النَّاخِبِينَ الْمُتَأَرْجِحِينَ، الذِّينَ يُشَكِّلُونَ نِسْبَةً كَبِيرَةً مِنْ عَدَدِ النَّاخِبِينَ

低投票率
共同通信は、投票率は約49%であり、第二次世界大戦後で2番目に低いと報じた。観察者たちは、今回の選挙における投票率低下の原因は、有権者のうち大きな割合を占める無党派層の支持を野党が集めることができなかったことであるとみなしている。

(※「投票率」の訳として نسبة الإقبال على التصويت は普通に使われますが若干珍しく、نسبة المشاركة や 単純に نسبة التصويت がよく使われます。الناخبون المتأرجحون (直訳:揺れ動く有権者)は「無党派層」と訳しましたが、「浮動票」という訳も可能かと思います。面白い表現です。この記事で何度が出てくる「観察者」مراقبون とは具体的に誰なのか、言及がないのが気になります。)


وَيُنْظَرُ إِلَى الِانْتِخَابَاتِ عَلَى نِطَاقٍ وَاسِعٍ عَلَى أَنَّهَا بِمَثَابَةِ كَسْرٍ لِطُمُوحِ آبي مُنْذُ فَتْرَةٍ طَوِيلَةٍ في مُرَاجَعَةِ دُسْتُورِ مَا بَعْدَ الْحَرْبِ

選挙結果は、戦後憲法の見直しという安倍首相の長年の野心を挫くものであると広く見られている。


لَكِنَّ رَئِيسَ الْوُزَرَاءِ قَالَ -مُعَلِّقًا عَلَى النَّتَائِجِ- إِنَّهُ يَعْتَبِرُ النَّتَائِجَ دَلِيلًا عَلَى تَأْيِيدِ النَّاخِبِينَ لِتَعَهُّدِهِ في حَمْلَتِهِ الِانْتِخَابِيَّةِ بِمُرَاجَعَةِ الدُّسْتُورِ، وَقَالَ "لَقَدْ فُزْنَا بِأَكْثَرِ مِنْ نِصْفِ الْمَقَاعِدِ الْمُتَنَازَعِ عَلَيْهَا، وَهَذَا يَعْنِي أَنَّ النَّاسَ حَثُّونَا عَلَى تَعْزِيزِ زِيَادَةِ النِّقَاشِ حَوْلَ مُرَاجَعَةِ الدُّسْتُورِ

しかし首相は、選挙結果に対するコメントの中で、選挙結果は、憲法見直しを掲げた選挙運動における首相の公約に対する有権者の支持を示すものであるとしたうえで、「我々は過半数の議席を獲得し勝利した。これは、人々が憲法見直しに関する議論を進めるよう我々に促したということだ。」と述べた。

(※「憲法改正」 تعديل الدستور がよく使われる表現ですが、この記事では「憲法見直し」مراجعة الدستور とやや控えめな表現を多く用いている点が興味深いです。)


مُرَاجَعَةُ الدُّسْتُورِ
وَفِي تَعْلِيقِهِ عَلَى نَتَائِجِ الِانْتِخَابَاتِ، قَالَ الْخَبِيرُ السِّيَاسِيُّ أوتشياما يو في تَصْرِيحَاتٍ لِلْجَزِيرَةِ نت إِنَّ سِيَادَةَ الْحِزْبِ الدِّيمُقْرَاطِيِّ اللِّيبِرَالِيِّ طَغَتْ عَلَى كَافَّةِ الْأَحْزَابِ الْمُعَارِضَةِ مُجْتَمِعَةً، مُشِيرًا إِلَى أَنَّ فَوْزَ آبي يَدُلُّ عَلَى إِعْطَاءِ سِيَاسَتِهِ الضَّوْءَ الْأَخْضَرَ مِنْ قِبَلِ الْمُوَاطِنِينَ

憲法見直し
政治の専門家である内山融氏は、アル=ジャズィーラネットによせた選挙結果に対するコメントで、自民党の覇権がすべての野党を圧倒した、安倍首相の勝利は国民から彼の政策に対し青信号が与えられたことを示すと述べた。


وَيَقُولُ مُرَاقِبُونَ إِنَّ آبي يُمْكِنُ أَنْ يُوَاجِهَ مُقَاوَمَةً شَدِيدَةً مِنْ شَرِيكِ الِائْتِلَافِ كوميتو لِأَيِّ مُحَاوَلَةٍ مِنْهُ لِإِعَادَةِ كِتَابَةِ الْمَادَّةِ (9) الَّتِي تَنْبِذُ الْحَرْبَ، "إِذَا تَبَيَّنَ أَنَّ مُرَاجَعَةَ الدُّسْتُورِ بَعِيدَةُ الْمَنَالِ أَكْثَرَ مِمَّا كَانَ يَأْمَلُ

観察者たちは、「もし憲法見直しが思っていたより実現困難であると判明した場合には」、安倍首相は、戦争を放棄する憲法9条の書き直しのいかなる試みに対しても連立のパートナーである公明党から強い反対を受ける可能性があると言う。


وَكَانَ آبي وَضَعَ نُصْبَ عَيْنَيْهِ مُرَاجَعَةَ الدُّسْتُورِ عَامَ 2020، لَكِنَّ فَشَلَ الْمُعَسْكَرِ الْمُؤَيِّدِ لِلتَّعْدِيلِ في الِاسْتِحْوَاذِ عَلَى أَغْلَبِيَّةِ الثُّلْثَيْنِ يَعْنِي أَنَّ زَعِيمَ الْحِزْبِ الدِّيمُقْرَاطِيِّ اللِّيبِرَالِيِّ يُوَاجِهُ مُهِمَّةً شَاقَّةً؛ تَتَمَثَّلُ في ضَرُورَةِ كَسْبِ تَأْيِيدِ أَحْزَابِ الْمُعَارَضَةِ إِذَا كَانَ يُرِيدُ تَحْقِيقَ هَدَفِهِ

安倍首相は2020年の憲法見直しを見据えていたが、改憲を支持する勢力が3分の2以上の議席を獲得できなかったことは、自民党のリーダーが厳しい要件に直面することを意味する。すなわち、もし(憲法改正の)目標を実現したい場合には、野党の支持を得る必要があるということである。

(※وَضَعَ نُصْبَ عَيْنَيْهِ شَيْئًا (~を見据える)は応用が利く良い表現です。)

【まとめ】
全体的な論調としては、「与党が勝利したが、改憲勢力は憲法改正に必要な3分の2以上の議席の確保には失敗した。憲法改正は難しくなった。」という内容でした。記事冒頭で対隣国外交政策に言及がありましたが、その後詳しい解説はありませんでした。野党の動向については言及がありませんでした。この記事を読む限り、アル=ジャズィーラの最も大きな関心は、「日本の憲法が改正されるかどうか」であると言えます。


【日本語訳まとめ】

「安倍首相の政党..選挙で勝利も憲法改正は失敗」

昨日(日曜日)に実施された参議院選挙で、安倍晋三首相率いる連立与党は勝利したが、与党とその同盟勢力は3分の2以上の議席を獲得することには失敗した。戦後の憲法を見直すという彼らの試みにとって大きな痛手となった。

日本の有権者たちは、経済・社会政策の安定を優先したようである。アル=ジャズィーラネットは、今回の選挙で中心的な論点となった話題について、複数の日本国民を対象に世論調査を行った。すなわち、日本人にとっての平和の重要性と、現在の隣国との外交政策に対する不安、その否定的影響が次世代にまで及びうる危険性である。

複数の日本国民は、増税にも関わらず、政府への信頼及びその(税金の)用途について、子供たちのためにより良い未来を保障するために政府が明確で賢明な計画を策定することに対する期待を述べた。一方、高齢者に対し社会保障を支払う重要性を強調しつつ、党の平和を支持する取組みへの支持を表明する人たちもいた。

低投票率
共同通信は、投票率は約49%であり、第二次世界大戦後で2番目に低いと報じた。観察者たちは、今回の選挙における投票率低下の原因は、有権者のうち大きな割合を占める無党派層の支持を野党が集めることができなかったことであるとみなしている。

しかし首相は、選挙結果に対するコメントの中で、選挙結果は、憲法見直しを掲げた選挙運動における首相の公約に対する有権者の支持を示すものであるとしたうえで、「我々は過半数の議席を獲得し勝利した。これは、人々が憲法見直しに関する議論を進めるよう我々に促したということだ。」と述べた。

憲法見直し
政治の専門家である内山融氏は、アル=ジャズィーラネットによせた選挙結果に対するコメントで、自民党の覇権がすべての野党を圧倒した、安倍首相の勝利は国民から彼の政策に対し青信号が与えられたことを示すと述べた。

観察者たちは、「もし憲法見直しが思っていたより実現困難であると判明した場合には」、安倍首相は、戦争を放棄する憲法9条の書き直しのいかなる試みに対しても連立のパートナーである公明党から強い反対を受ける可能性があると言う。

安倍首相は2020年の憲法見直しを見据えていたが、改憲を支持する勢力が3分の2以上の議席を獲得できなかったことは、自民党のリーダーが厳しい要件に直面することを意味する。すなわち、もし(憲法改正の)目標を実現したい場合には、野党の支持を得る必要があるということである。

以上